Scene5 23:30〜 3/3

『緊急事態ですよ。トレインマンが出たんです』
 付録屋がスマートフォンの向こうで叫んでいる。わけが分からなかった。そりゃあ出るだろ、電話がかかってきたんだから。
「おい、聞こえてなかったのか? オレは今、お前がどこにいるかと訊いたんだ。彼女はどうした」
『ええ、そうです。銃を持ってて。女の子が狙われたんですよ』
 顔をしかめる。なんだそれは。会話が全然、噛み合っていない。
 彼は、まるで演技をしているようだった。そう、付録屋でなく、「大久保」の――
「おい、お前、ひょっとして彼女が近くにいるのか? だからそんな、」
『大事件でしょう? とにかく保護してください。今、交番に向かってます』
 交番? 保護?
「そこに彼女を連れてくるのか? どこの交番だ? 生田前か?」
『いえ、最寄りはなんだか、先回りが不安で。新神戸の方の交番です』
 新神戸。もっと北か。
 ここから歩くには少し遠いが、車を使えばすぐだ。彼が生田前を最寄りといった以上、確実にこちらが先回りできる。
「わかった。5分ほどで着く。後で落ち合おう」
『はい、はい、お願いします』
 電話を切る。
 付録屋の意図はさっぱりだが、放っておく選択肢はない。
「行きましょう」と助手席の女性警官が言った。
「お前も来るのか?」
「当然。付録屋には銃を貰わないと。でしょ?」既にシートベルトを締めている。「それに、どうやら女の子のピンチっぽいし」
 言葉に詰まり、頬を引き攣らせていると、さきほど奪われたベレッタが、胸に付きつけられる。
「さ、早く出す」
 オレは頭を掻く。大人しく、鍵を回した。
 
 国道で信号を待っている間、女性警官は左肘を窓につき、ぼうっと外を眺めていた。道行く家族連れ。幼い女の子の背を目で追いながら、呟く。
「殺さないって、貴方、さっき言ったけどさ」
 彼女の手に、既にベレッタはない。太腿の上に無造作に置かれている。
 かといってそれを無理やり奪い返す気にも、彼女を車から降ろす気にもならなかった。それより付録屋と、あの少女が先だ。
「ああ、そうだよ。オレは殺さない。君と違って女性以外でもだ」
 彼女がこちらに、疑わしげな視線を向ける。
「本当に? これまで一度も殺してないの?」
「ああ。一人も、一匹も。男も、犬も」
「犬?」
「いや。ただの例だよ」
 彼女は驚くというより、呆れているようだった。
「どうしてそんなので、この仕事を続けられるの? いくらトレインマンの名前が万能といっても、殺人は定期的に必要でしょう。組織にだって厳しく言われるはず」
「いや、それは――」
 オレが、弱者だからだ。
 父の命を好きにできる組織からすれば、その息子であるオレは「完全に弱みを握っている相手」になる。
 もちろん組織は、殺しをしないオレをよく思っていないだろう。が、それでも絶対に裏切らないとわかっていれば、こんなに使いやすい駒はない。
 まぁ、とはいえ深い事情を女性警官に話す義理もない。彼女が組織を取り締まってくれるわけでもない。
「――確かに、どうしてだろうな。ひょっとすると、次に殺すターゲットをオレに決めているからかもしれない」


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