Scene7 00:00〜
車体を窮屈そうに揺らしながら、夜の小道をベレットが進む。
「危なかったわね」
と女性警官が言った。
「何が?」
「時間よ。リミットいっぱい」
一面差し替えのタイムリミットは、午前2時頃らしい。
もちろん午前2時の時点で、記者が一通り情報を揃えていなければならない。だからトレインマンの締切はもう少し早くなる。日付けが変わるまでには仕事を終わらせろと、組織には言われている。
ハンドルを握ったまま、オレは肩をすくめる。
「そうでもない。デスクは優秀だ。驚くほど早く一面記事を差し替える」
午前3時でも一面に間に合ったことがある。4時は知らない。でも、彼らならやるかもしれない。
「優秀なのは印刷屋じゃない?」
「そうかもしれない。どちらでもいいさ」
「次の一面は決まってるの?」
もちろんだ。
そのために付録屋から銃を買った。
「カーネルサンダースを5、6人ほど殺す予定だ」
「またジョーク系?」
「殺人ばかりじゃ、みんな飽きるだろ」
「そうね。でも――」
意図的な間を作って。
「やっぱり、人を殺すからトレインマンは成立するのよ」
それまでよりも僅かにシリアスな口調で、彼女は言った。
「また、その話か」
フロントガラスの向こうを見つめながら、内心でため息を吐く。
「人を殺さない貴方はトレインマンを続けていけるの?」
「しつこいな。わからないよ。でも、どうであれオレは殺人を犯す気はない」
「トレインマンなのに?」
「それがどうした。トレインマンである前に、人間だ。まともな人間は人を殺さない」
彼女は無表情のまま、膝の上で拳銃を触る。「ええ、もちろん。それくらい、私も理解はしている」
道が二手に分かれている。横断する老婆を見送ってから、より暗い道を選び、ハンドルを切る。
女性警官は沈黙していた。横目に確認すると、拳銃をじっと見つめている。
「いや、別に、君を責めてるわけじゃない」
舌が縺れるが、なんとか言った。
「付録屋が殺されていい人間だったとはさすがに言えないけれど、それでも人にはそれぞれ事情があるとは思う」
女性警官が、こちらを見る。
「なにそれ」
「なにって、なにが」
「もしかして、気を遣ってくれてるの?」
「そういうわけじゃない。思ったことをそのまま言っただけだ。人には事情がある。どうやったって、アニメのキャラクターみたいに分かりやすい性格にはなりきれない。だろう?」
善人にも、悪人にも。なりきれやしない。もっと複雑なルールで、人は動いていると思う。
女性警官は一瞬、唇を尖らせてから「そうね」と短く言った。
「君は、どうしてトレインマンになったんだ?」
尋ねたのは、別に彼女に同情したからではない。単純に、以前から彼女という人間に興味があったからだ。オレと同じ、特殊なトレインマン。
そのルールの根元を探れたなら、いつか父を助け出すための役に立つかもしれない。あくまで打算的な考えだ。
「答えたくないなら、それでもいいが」
「わかってる」
「答えたくない?」
「答えたくても、答えようのない質問だってあるわ」
彼女はふいに、いじけたような瞳でこちらを見て。
「貴方はどうして、トレインマンになったの?」
そんな、答えようのない質問をした。
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