Scene8 00:15〜
長く移動した後、少女を担ぎ込んだのはマンションの一室だった。
3LDK。組織がトレインマンの仕事のために用意した場所だ。一見すると特徴のない部屋だが、壁は音と電波を遮断する素材で覆われている。
洋室の一つ。家具すらないそこには、外から鍵が掛かるようになっている。用途を説明されたわけでもないが、使い道は決まっている。その冷たいフローリングに少女を寝かせ、施錠した。
女性警官が、「あの子をどうするの?」と尋ねてくる。
「時間をかけるよ」とオレは応える。「危害を加えず相手に恐怖を植えつけるには、何もない部屋でしばらくゆっくりして貰うのが一番だ。長く監禁されるうちに、厄介な記憶を忘れる気にもなるだろう」
「そう」
女性警官の顔が、安堵とも悲しみともとれない表情を浮かべた。やはり彼女は、女性全般の安否を異常に気にかける節がある。ついさっき、その手で付録屋を殺したのにだ。
善人と悪人、その物差しでは測れないルールが、彼女の中から覗いている。どこか危ういな、と思う。
意図的に笑いかけた。
「もし君に時間があるなら、近くに紹介したいバーがあるんだが」
「バー? 普通の?」
「とても品の良い店だよ。理知的で物静かなマスターが、美味い酒を出す」
女性警官は一瞬、少女のように目を丸くした。
が、すぐに苦笑を浮かべ、肩をすくめる。
「この恰好で?」
彼女は警察の制服を着ている。確かに、それはまずい。
「やめておくわ。まだ仕事が残っているし」
「どっちの?」
「どっちも」
「そうか」素直に頷く。「そうだな、それがいい。仕事は大事だ」
誘えば、彼女は断ると知っていた。この場から帰すためだ。
しかし、ふと自問する。
――もしも、断らなかったなら?
まさか本気で、オレは彼女と酒を飲むつもりだったのだろうか? 酔いに任せて、トレインマンになった理由を告白した?
いや、それはない。断言できる。
「送るよ。どうせあの子は、放っておくしかないんだ」
今度は本気で言った。
この警官の担当は京都だったはずだ。なぜ神戸にいるかは知らないが、そろそろ電車もないだろう。
彼女は首を振る。
「タクシーを拾うわ」
「京都まで? その恰好で? あまり目立つことは止めた方がいい」
「ホテルを取ってるの。まともな方の仕事で、こっちにきてるから」
なるほど。
出張先でまで、ご苦労なことだ。
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