Scene9 00:35〜

 さて、あの少女をどうするか。考えながら、リビングでデスクトップPCを起動する。仕事のために組織から与えられたもので、トレインマン以外は使えない。ロックがかかっており、パスワードが必要なのだ。
 これの入力を失敗すると、色々とややこしいことになると聞いていたが、ややこしいことなど御免なので、パスワードは間違えない。

 RocketJump01

 ロケット。どういう意味だ。せめてトレインにしろ。
 無意味に苛立ちながらメールソフトを起こすと、組織から一通、簡潔な文章が届いていた。
「次は殺せ」。それから、「切符切りを忘れるな」。
 たったそれだけの文面に、胸を抉られる。忘れるな、と言われなくても、忘れたことなど一日たりとない。
 メールには画像も添付されていた。嫌な予感がしたが、開く。
 それは、幼い頃、オレが過ごした町のジオラマだった。
「ちっ」
 大きく舌打ちする。思っていたほど酷い画像ではなかったけれど、脅迫の意図は伝わる。いや、脅迫というより最終警告か。
 そのジオラマは、一見、些細なものだ。でも、間違いなくオレの急所だ。
 ――殺さなければならないのか?
 誰を? カーネルサンダースではいけないのか。それでも記事にはなるはずだ。カーネルサンダースを撃つことで、トレインマンの被害者は一人減るのか。それとも結局は別の誰かが殺し、何も変わらないのか。
 色々なことが嫌になる。

 少女を監禁している部屋まで行き、鍵を開けた。
 中を覗くと、彼女はまだ気を失っているようだった。
 ――考えてみれば。
 もうこの少女を脅しつける理由もない。
 問題は付録屋だった。少女が「ベレッタ」と呟いたことを知っていたのは、彼と、オレと、女性警官だけだ。だが、付録屋は既に死に、警官は女性を守る。そしてオレは、誰も殺さない。
 つまり、この少女の危機は、とりあえず去ったのだ。
 ――彼女がこの部屋から逃げ出したとして。彼女の通報で警察がここに踏み込んできたとして、組織は父を殺すだろうか?
 あり得ないな、と思う。
 組織にとって、父はまだもうしばらく、必要なはずだ。オレが意図的に逃がしたのだとばれなければ、極端な手段には出ないだろう。
 となれば、残る問題はPCだ。警察が来たとき、これを押収されると、色々と面倒だ。データ消去のプログラムを使うか? いや、ダメだ。それを起動すると、組織に通達が入るようになっている。
 今そうなれば、ここに少女がいると、組織に知られる恐れがある。彼女が逃げ出してからにした方がいい。
 無意識に、自分の胸に手をやった。
 長い間、ペンダントをしていた癖だ。だがそのペンダントは、東京からこちらに移動する直前に失くしてしまった。
 吉川のことを考えながら、家を出る。
 父が死なないまま警察に捕まれるなら、それは幸せなことに思えた。


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