Scene1 22:30〜 3/3

 トレインマン
 ふざけた名前だ。でも、頭に残る。意図的だ。
 今の日本において、その名を知らない者はいない。テレビのニュース、新聞の一面、インターネットのトピックス。
 どこにでも奴らはいる。いや、オレたち、か。
 愉快犯、トレインマン
 まったく、何が愉快なのか。苦笑する。
 トレインマンは組織の創作物だ。アニメのキャラクターと変わらない。ただ一点、実際に被害者が生まれていることを除けば。

 組織の仕事は、新聞の一面を差し替えることだ。
 オレたちトレインマンに関わる人間は、日夜、頭を悩ませて、様々な方法で新聞の一面を差し替えている。大物政治家の汚職が発覚した時、あるいは大手企業がなにかしらの失敗をやらかした時――つまりは世間が普段通りに回っている時、オレたちの仕事が生まれる。
 トレインマン助けて! と縋りついてくる悪者に、手を差し伸べる。
「危機が去るまで、ここで静かにしていなさい」そう言い聞かせるのは、フィクションのヒーローと同じだ。
 でも、その後がまるっきり違う。
 オレたちは悪人のために、善良な一般市民を標的に選ぶ。

 誰だっていいんだ。本当に。
 トレインマンの前では、すべての命は平等だ。
 適当な被害者を作り上げたら、あとは電話を一本、マスコミにかける。それで翌朝の一面記事は差し替えられる。任務完了だ。
 もちろんトレインマンが何をしようが、政治家の汚職や、問題を起こした企業の罪が消えるわけじゃない。でも、少なくともその闇は新聞の一面に載らなくなる。ニュース番組のトピックスは目立たない位置に押し下げられ、主婦の井戸端会議でも、そうそう口にはされなくなる。
 トレインマンに守られて、悪人は平穏を手に入れるのだ。
 まともじゃない。
 どの角度からどう見ても、明らかに。
 だが需要がある。そういう仕事だ。

 トレインマンはこれまでに7人を殺した。ただ新聞の一面を差し替えるためだけに、だ。
 爆破の予告は2度だったか。軽犯罪が4つに、慈善活動が3つ。
 レパートリーが多彩なのは、トレインマンの名が売れてきたおかげだ。
 最近は些細な事件でも、トレインマンというだけで新聞が一面に使ってくれる。ずいぶん仕事が楽になった。
 しかし、組織はそのことにやや不満を感じているらしい。
 ――そろそろ殺せ。
 最近の、奴らの口癖だ。
 やはり殺人ほど効率的に話題を作れる事件はないのだろう。太古の昔から人間の娯楽は、エロとバイオレンスだと決まっている。
 今日もまた、悪者が悲鳴をあげる。助けて、トレインマン
 空を飛べないオレはハンドルを握り、アクセルを踏み込む。古臭い車が、辛気臭い排気音を上げる。病んだ老人の咳にも聞こえ、気持ちが沈む。父の非力な笑顔が頭をよぎる。

 少し先に青く光る看板を見つけ、ウィンカーを出した。ゆっくりとハンドルを左に切る。狭く、空いた夜のコンビニに、停車する。
 フロントガラス越しに店内を覗くと、付録屋は床にモップをかけていた。青と白の爽やかなストライプが、軽薄そうな彼には似合わない。他に店員がいないのを確認してから、右手でキーを捻る。
 咳が止むと、オレの気持ちは少し楽になる。


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