Scene2 23:00〜
「はい。お支払い済みですね。こちらにサインだけお願いいたします」
マニュアル通り、付録屋が告げた。
レジから出されたレシートを受け取り、段ボール箱を机にしてサインを書く。「町田」。これもマニュアル通り、偽名だ。
オレの名はトレインマンであり、町田であり、黒崎――初めは奇妙に感じたけれど、慣れればどうということはない。
「袋にお入れしましょうか?」
サインを渡すと、付録屋が言った。オレは首を振る。
ふと気になって、彼の顔をキャップ帽の下から確認する。軽薄そうな営業スマイルがそこにある。ただ、視線を合わせようとはしない。
オレは意識を段ボール箱に戻し、片手で掴み取る。想像していたより軽い。
ああ、これが命の重さか、なんて台詞が頭に浮かんだが、皮肉にすぎる。すぐに忘れる。
レジを後にしようと体を傾けた時、背後から声がした。
「ベレッタ」
思わず、振り向く。
少女。
いや、おそらく実年齢は20歳ほどだが、女性というより、少女という言葉が似合う子だった。
肌は白く、目は大きい。化粧は薄くしているけれど、手慣れているというよりは雑。屋内で、人と接する仕事を長期間やっている可能性が高そうに思う。性格は……たぶん大雑把だ。独り暮らしか?
少女が視線を下げる。表情に幼さが残っている。やはり独り身だろう。学生かフリーター。
無意識に概要を頭に入れていた。人間を情報として見る癖は、この仕事を始めてから身についた。よくない癖だ。
「ありがとうございました」付録屋が言う。
オレは箱を懐に抱え、早い歩調で店を出る。
車のドアに手をかけながら、脳内でもう一度、少女の顔を再生し。
あ、と気づいた。
――彼女は、あの子に似ていたのではないか?
遥か遠い過去の、クラスメイトに。
でも、そうだな。この感想には、きっと願望が混じっている。
無意識に、胸元へ手を伸ばす。
かつては歪なハートがあったはずの、だが今は何もない、その胸に。
東京を離れる直前、オレはハートを失くした。
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