Scene4 23:20〜 2/3
「君も知っての通り、トレインマンは凶悪な犯罪者だ」
マニュアルに沿って簡潔な自己紹介をしながら、ベレッタの安全装置を外す。撃つ気はないが、外した、と相手に分からせるのが重要だ。
「たまには、良いことだってする。でもそれはスパイスみたいなものだ。より得体の知れない悪になるための」
芝居じみた台詞を告げつつ、ゆらり、ゆらりと一歩ずつ彼女に近づいてゆく。これらすべての動作が、トレインマンを不気味に見せるための演出だ。思惑通り、彼女の顔は恐怖に歪んでいる。
「世間はカテゴライズが大好きだ。犯罪者だってすぐに仕分ける。逆恨み? 精神異常? それとも崇高な思想犯? どれも同じだ――」
1メートル弱。申し訳ないが、彼女が手を伸ばしてもぎりぎり銃口に触れられない位置で脚を止めた。
「だから、トレインマンは気まぐれなんだ――」
この距離でも、きっと彼女はオレの顔を把握できていないだろう。街灯を背にしているし、何より今、彼女が本当に注意すべきは犯人の顔などではなく、自分の命。つまりは、銃口だ。
不注意で手が滑らないよう、ベレッタを握り直す。彼女も合わせて僅かに揺れる。
そのときだ。
彼女の首元で、何かが光るのに気づいた。
ん。眉根を狭める。あれは。
――チェーン?
ペンダントか。全貌は服の下に隠れていて確かめられないが、そのように見えた。
不意に、頭が白く塗りつぶされる。動揺した。こんなことで。
トレインマンのマニュアルは突如としてどこかへ消え失せ、代わりに黒崎の記憶が勢いよく呼び起こされる。
――吉川?
いや。待て、落ち着け。もちろん別人だろう、ただの偶然だ。吉川によく似た少女が、吉川と同じように首にペンダントを提げている。それくらいの一致は、いくらでも有り得る。
でも、もしも本人なら?
と、自分の中で声が木霊する。喉が少し渇く。
「さて今夜のトレインマンは、悪人かな? 善人かな? それはオレの気まぐれにかかっている――」
あくまで平静を装って続けるが、そんな台詞はマニュアルにない。言葉に合わせ、ゆっくりと右手のベレッタを持ち上げる。
気まぐれ? 違う。万が一の可能性を考慮し、彼女の顔を、正しく確認する必要があった。
幼い顔を、街灯が照らし出す。
――吉川、と。
思わず声が出そうになる。あまりにも似ている。
突然、彼女がよろめいた。慌てて銃口の向きを合わせる。おそらく腰が抜けそうにでもなったのだろうが、驚いているのはオレの方だぞ、と言ってやりたかった。
きっと、このときのオレは酷く混乱していた。
その隙を悟ってか、彼女が大きく息を吸う。助けを呼ぶつもりか。
「黙れ」
そんなことをされては困る。何の意味もない。どころか、彼女が助かる可能性が、なおさら低くなるだけだ。
「――君が口にしていいのは、『はい』だけだ。まぁ、イエスでもいい。ノーはダメだ。オレはあまり、銃声が好きじゃない」
言って、僅かな間だけ、銃口の向きを脇に逸らした。こちらの望むとおりに動いてくれれば危害を加えるつもりはないのだと示す。
「質問は2つだ。君は、オレに協力的か? それと君は、物事をすぐに忘れられる都合の良い頭を持っているか? まずはこの2つだけだよ。さあ――」
選べ。乗車券の行先は自分で決めろ、と。
言うよりも早く、視界が暗くなる。
青と白のストライプ。コンビニの制服が、オレの頭に覆いかぶさった。
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