Scene18 1/3

 獣医は手早く、モップに点滴を打ってくれた。
 なんだかそれで、モップの毛に艶が戻ったような気がした。
 飼い主の聞き込みに来た時は、この獣医があまり好きではなかった。
 表情は豊かなのに、言葉は常に淡々としている。子供の話を親身になって聞こうというタイプの大人ではない。
 だからオレは「友達が犬を拾った」「オレのうちでもその子のうちでも飼えなくて困っている」という話と共に、モップの特徴だけを伝えてすぐにこの動物病院を出た。
 今日も相変わらず、その獣医は豊かな表情で、淡々と語る。
 なんの病気だかはまだわからない。疑わしいウイルスがいるけれど、それが原因なら対処療法しかない。入院が必要だ。
 獣医の言葉にはモップに対する憐れみのようなものが微塵もなかった。でも、少なくともオレには、誠実に聞こえた。
 一通り説明を終えた後で、彼は言った。
「いざ治りましたって時、誰が引き取りにくるわけ?」
 やっぱり、誠実だ。モップのことを考えた時、それを疑問視しないはずがない。
 ボクサーのファイティングポーズみたいな姿勢で、吉川が答える。
「私が来ます。絶対に」
「それでどうするの? 君の家で飼える?」
「それは――」
 飼えるはずがない。
 そんなことが可能なら、吉川は初めから、モップを自宅に連れ帰っているだろう。
 弱々しい声で、彼女は答えた。
「頼んでみます」
「頼んでみて、ダメだったら?」
 そして言葉を詰まらせた。
 オレは軽く、息を吸う。覚悟を決めた。
「うちは飼えますよ」
 できるだけ、平然と。そういうのは得意だ。
「父も母も犬が好きだから、反対はされないと思います」
「ホントに?」
「はい」
「君さ、この前言ってたのと、まるっきり違ってない?」
「あの時は嘘をついたんですよ。なーんか、犬とか飼うの面倒だなと思って」
 もちろん、こちらの言葉の方が嘘だ。
 そんなこと、この獣医だって気づいているだろう。
 心を落ち着けて。なんの動揺も、表には出さないように。
「治療費だって、今は手持ちがないけど、すぐに取ってきます」
 何も問題はない。
 獣医が、大きなため息をついた。
「ま、わかったよ。オレだって結構、名医で通ってるんだ。こいつを死なせる気はないさ」
 何も、問題はない。


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