Scene12 2/2
ポメラニアンは首輪をしていなかった。だが、首輪の跡がくっきりと残っていた。
オレはそいつの背中に右手を乗せる。意外にごわごわとした毛。何かからこいつを守るものの手触り。
「捨てられたのか?」
少し、同情した。
「オレもさ、捨てられそうだよ」
その同情はきっと、オレ自身を向いていた。
父親の言葉を思い出す。ずいぶん、幼い頃に聞いたものだ。
――生きてるってことは、それだけで奇跡的に幸福なのさ。
オレもこいつも生きている。だが、奇跡的に幸福だとは思えなかった。
足りないものがいくらでもある。あれだって、それだって欲しい。たいしたものじゃない。この世界にありふれたものが、もういくつか、手元に転がってくればそれでいい。
「腹、減ってるか?」
ポメラニアンは答えない。
「何もなくて悪いな。オレもちょっと、腹が減ってるんだ」
ポメラニアンは答えない。
「お前さ、なんかモップに似てるよな」
ポメラニアンは答えない。
「モップって、わりに好きだよ。雑巾とか消しゴムなんかもさ。自分が汚れたり削れたりしながら世の中を綺麗にするのって、恰好いいよな」
最近のヒーローは、スマートすぎて好みじゃない。ダサくて、ちょっと弱くて、泥にまみれるヒーローが好きだ。モップや雑巾みたいに。
ポメラニアンは答えない。
でもかわりに、そっと視線をこちらに向けた。
「お前のことさ、モップって呼んでもいいか?」
ポメラニアンは――モップはようやく、喉の奥で、嬉しげな声を上げた。
オレはしばらく、モップを眺めていた。
足音が聞こえて、顔を上げると、そこに女の子が立っていた。
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