Scene13 2/2

 テストの一件から、吉川のことはなんとなく気になっていた。
 クラスにおいて、彼女は目立たない生徒だ。
 いわゆる優等生で、どの教科でも先生にあてられると、すらすらと正解を答えたが、その声は小さく、聞き取りづらいものだった。不安げなのではない。正解することを嫌っているように見えた。
 交友関係は広いらしく、女子生徒であれば誰とでも、気兼ねなく会話していた。でも意外なタイミングで、例えば友達と笑い合ったその直後なんかに、ふと暗い表情を見せることがあった。
 オレは、彼女が持つ奇妙な歪みのようなものに気づいた。
 ――ああ、こいつは、褒められるのが嫌いなんだ。
 そう思い当たる。
 でもオレは、褒められるのが嫌いな優等生という存在を、上手く理解できないでいた。

 意外な出来事だ。
 オレにとっては「訳の分からない存在」だった、その吉川と、長い時間、話をした。
 聞けば、彼女はちょうど今日が誕生日なのだという。どうして誕生日の女の子が、ひとりで捨て犬に餌をやりにくるのだろう? やっぱり変な子だ。
「ともかく吉川、誕生日おめでとう」
 とオレは言った。
 オレには誕生日を祝われた記憶がない。ずっと、誰かに誕生日を祝われたいと思っていた。だから「おめでとう」と言えば、彼女も喜ぶだろうと思った。
 なのに、彼女は、ふいに。
 何かを抑えつけるように、顔をしかめた。
「フルネームで言って」
「え?」
 意味がよくわからなかった。いや、もちろん言葉の意味はわかるけれど、なぜそんな恥ずかしいことをしなければいけないんだ。
 ――とはいえ。
 今日は、彼女の誕生日なのだ。
 口先でできる贈り物くらいならしてやろう。
 吉川は小声で、何かぼそぼそと呟いたが、上手く聞き取れなかった。
 気にせず、言った。
「誕生日おめでとう、吉川アユミ」

 途端、なぜか。
 吉川アユミは、見ていて気持ちが良いくらいに、ぼろぼろと泣き始めた。


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