Scene14 1/2
泣いている女性は苦手だ。
繰り返しになるけれど、オレには誕生日を祝われた記憶がない。
あるいはとても幼い頃――例えば、まだ家に父親がいた頃なら、ありきたりで幸福な誕生パーティーのようなものがあったのかもしれない。でも、いくら考えても思い出せない。なにかの本でクラッカーからは火薬の匂いがすると読んだ。でも、もちろん、そんな経験もない。
母親はオレを嫌っている。
そこには明確な理由がある。
再婚に邪魔なのだ。推測ではない。面と向かって何度も言われた。
そんなことを言う時の彼女はひどく酔っぱらい、泣いていた。泣いている女性は苦手だ。歳に関わらず。
オレは母親に肩を貸し、薄っぺらい布団まで運ぶ。
寝言のように、母親は言う。あるいは本当に寝言だったのかもしれない。
「邪魔なのよ。あんたがいるから、結婚できないの」
その度に思った。
――知ってるよ。でも、ならオレはどうしたらいい?
この家を出ていけばいいのか。家出を試みたこともある。だがすぐに警察に見つかり、結局は母親が引き取りに来た。母親は何度も警察に頭を下げ、帰り道で酷く怒った。
――家出もまともにできないオレは、どうしたらいい?
死ぬ? 違う。死んだからといって、それでも彼女は怒る気がした。
彼女が苦しみを訴えるたび、オレの胸には悲しみとも申し訳なさとも違う、もやもやとした感情が湧いてくる。
母がこんな風になるのは、オレがこんな気持ちになるのは、きっと何かが間違っているからだろう。でも、具体的に何が正しくて、何が間違っているかは、よくわからなかった。
そういうときは呼吸を整え、父の言葉を思い出す。
――生きてるってことは、それだけで奇跡的に幸福なのさ。
とても幼い頃、父が家にいたときの記憶だ。それがオレの救いだった。
間違いのもとは見つからないけれど、オレは少なくとも不幸じゃない。母親も、父親も、ちゃんと幸福だ。そう思うと、もやもやが多少は晴れる。
二人には言えなかったが、オレには密かな夢があった。
愛されたかったのだ。
母に。それに、いなくなってしまった父に。
だから、どれだけ母に嫌われても、オレが彼女を嫌い返そうとは思わなかった。たとえ父に見捨てられても、彼を恨む気にはならなかった。
あの二人は被害者だ。問題は他のところにある。できることなら、それを見つけようと思った。今後、オレや、両親は、もっと酷い間違いにぶち当たるかもしれない。でも生きてさえいれば、いつかきっと、正解を見つけられる。それを諦めたくはなかった。
オレは生きているだけで幸福だけれど、でも、できることなら、その先が欲しかった。
.