Scene34

「ごめんな」
 としか、言えなかった。本当にごめん。
 昔から、そうだ。
「オレ、間違えてばっかでさ」
 吉川の目から、大粒の涙が溢れる。
 ほらな。だから嫌だった。何も言わずに行きたかった。
 オレは、彼女には、できれば笑っていてほしい。
「一緒に、いてよ」
 例外中の例外の泣き顔で、彼女が言う。
 振り上げた手で、オレの胸を叩く。次は悪者を、ぶん殴ってやると言っていた手だ。
 その尊い手を、そっと掴む。
 こんなに小さかったか。違う。オレが大きくなっただけだ。
 なら、オレが。
 オレがみんな守らないと。
 役割分担だ。こいつはいつだって、オレを守ってくれるから。こいつに殴れない奴は、オレが殴るんだ。
 それが、今のオレにかろうじて分かる、正しい形だ。
 彼女がこんなにも正しいのに、その隣にいたいと願うオレが、歪んでいてはいけない。ハートは綺麗にかみ合った。奇跡は起きた。
 あとは、オレだけ。
「やっぱりさ、間違えたままじゃ、だめだから」
 そんなの当たり前だ。今さら何を言っているんだ。こんなオレだけれど許してほしい、と情けなく思う。目が潤む。
 両手で、彼女の拳を慎重に開く。
 細くて小さくて、折れてしまいそうな手だ。
 吉川。と呼ぼうとして、止めた。
「アユミ」
 こいつは、そう呼ばれるのが、好きだった。
「次は、自分で約束を守るから。もうちょっとだけ、これ、貸しておいてくれよ」
 白い歪なハートを、そっと抜き取る。
 ハートの片割れはずっしりと重くて、少しだけ勇気を貰える。
「信じて、くれるか?」
 強がって見るけれど、それでも声は震えた。
 否定されたらどうしようと考えてしまう。
 彼女は叫ぶ。
「当たり前じゃない!」
 くそ。
 本当に泣きそうだ。
「ずっと、信じてる。疑ったことなんてない!」
 オレはほんの一瞬だけ、彼女を。
 強く、強く抱きしめた。


Happy end


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