Scene17 3/3

 柔らかく抱きかかえられる自信がなかった。
 担架がいる、とまず思った。
 犬小屋から屋根をはぎ取る。簡単に元の段ボールに戻った。出入口の穴さえ気をつければ大丈夫だ。中の古いタオルを敷き直し、吉川に向ける。
「ほら、モップを」
「うん」
 彼女は怯えるような手つきで、そっとモップを古タオルの上に横たわらせる。オレは、駆け出した。
 ――動物病院に訊き込みをしていて、よかった。
 場所はよく知っている。最寄りなら走って5分もかからない。
 箱の中のモップが、小さな鳴き声をあげた。揺らし過ぎたか。くそ。オレには丁寧さが足りない。少し速度を落とした。
 後ろの吉川が言う。
「どこに行くの?」
「病院だよ。もちろん」
「でも、お金、あるの?」
「あるわけねぇよ」
「いいの?」
「行けばわかるだろ。なんとかなるさ」
「なんとかって」
「獣医に会うんだぞ? 病気の犬がいて、なんにもしない獣医なんているもんか」
 当たり前だ。大丈夫だ。
 昔、ショートケーキをくれたケーキ屋を思い出す。
 ケーキ屋は誕生日を祝うし、医者は病気を治すんだ。
 それが仕事だ。仕事は大事。
「だから、きっと治る」と強く言った。「心配ない」
 吉川の荒い呼吸が聞こえていた。それは、助かれ、助かれ、と囁いているようだった。
「ようやくなんだよ」言葉が勝手に溢れていた。
「え?」
 後ろを走る吉川の表情は、見えない。
「ずっと、腹が減ってたんだ。次の飯は、美味いんだよ」
 なにを言っているんだ、オレは。
「助かるに決まってる。」
 でも、確かに決まっているんだ。

 動物病院に到着した時、モップは目を閉じて。
 ささやかで浅い呼吸を繰り返していた。


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