Scene33 1/3

 吉川。
 彼女は、吉川アユミだ。
 間違いなく、絶対に。なぜ今まで気づかなかったのか。
 予兆ならあった――いや、今となってはどうでもいい。
「黒崎くん」
 吉川が。吉川が、オレに呼びかける。
 とにかく、この世界で今、とんでもない奇跡が起こったのだ。
 ――生きてるってことは、それだけで奇跡的に幸福なのさ。
 幸福なんてもんじゃないよ、父さん。
「黒崎くん、だよね」
 そう呼ぶ吉川の声は、あの頃と何も変わっていないように思う。例外中の例外と言いながらよく泣いた、そして、それ以上によく笑った彼女の声だ。
 会いたかったんだ、ずっと。
 彼女に名を呼んでもらうだけで、空腹は満たされ、デザートまで詰め込んだ気分になる。オレは、やっと思い出す。
 正しい自分と、正しい目的を思い出す。

 足元に落とした銃を拾い上げ、来た道を戻る。正しい方へ。


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Scene32 13:00 〜 2/2-fullheart 2/2

 なぜだろう? すべて、知っていた。
 少女が、ペンダントに伸ばす手の形。
 少女が、ペンダントを胸の前で抱きしめる仕草。
 少女が、ふとこちらに向ける瞳。
 なぜ? 決まっている。
 オレは目の前で起こった、とてつもない奇跡の名前を知っていた。
 その少女の名前を、もちろん知っていた。


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 手のひらから、黒く重たいものが抜け落ちた。


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Scene32 13:00 〜 2/2-fullheart 1/2

 黒い拳銃。
 最初、コンビニで少女が呟いたとおり、ベレッタというのがその銃の名前だ。
 少女を見つけると同時に、オレは迷わずベレッタを引き抜いていた。
 気配に勘づいたのか、少女が顔をこちらに向ける。
 その表情が、固まる。
 まるで紐の絡まった操り人形のように、無理やりに後ろを振り返り、やってきた道を駆け戻ろうとする。
 しかし、足をもつれさせ、倒れる。
 ――怖いのか?
 そりゃそうだ。オレはトレインマンだ。拳銃だって持っている。
 少女は手をついて起き上がろうとするが、その動作すら、ままならない。
 ――恐ろしいのか? このオレが、そんなにも。
 近づき、見下ろすと、少女の背中にオレの影が圧しかかっていた。キャップ帽をかぶった長身の男。トレインマン。確かに、化物じみている。
 彼女は既に抵抗をやめていた。絶望で身体が動かないのか。
 それなら、それでいい。
 オレだって、逃げ惑う少女に何発も、冷たい銃弾を撃ちこみたくはない。
 銃口を、その小さな頭に向ける。
 その時だった。

 なにかが、輝いた。

 前方だ。少女が顔を上げて見つめる、その先。
 ひょろりとした木の、下から2本目の太い枝――幹から15センチほどで切られた、ただ突起のような枝に、輝くものが引っかかっている。
 ――あれは。
 ペンダント。
 2つの、ペンダントだ。
 白と黒。左と右。2つで1つのそれらは今、正しい形となり。
 綺麗なハートとなり、そこにある。
 なぜ、ここに? 目を見開く。
 オレが失くしたもの。東京で仕事をしている間に、落としたのだと思っていた。必死に探したのに見つからなかった。
 なのに今、それはまぎれもない奇跡として。
 現実として、そこにある。
 オレは声を出せないでいる。
 ただ見つめていた。
 なにかとんでもない奇跡が、今まさに起こっているのだと思った。

 少女が立ち上がる。
 奇跡に向かって、歩く。


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Chips - no.26「方法」

 Rule chips

 目的を成し遂げるためには、それに応じた方法が必要だ。
 例えばそれはじっと頭を悩ませることかもしれないし、とにかく足を使い、可能な限り動き回ることなのかもしれない。
「ある目的」を成し遂げるための方法は、1つだけではない。それまでの方法で行き詰まった場合、別の方法を使うと、するりと答えが手に入る場合もある。

 ただし、「1つの方法で成功」した場合、「別の方法は意味を失う」ということも覚えていて欲しい。


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Chips - no.25「黒崎の行動原理」

 彼の中には、2つの矛盾した思いがある。
 それは「生きてるってことは、それだけで奇跡的に幸福なのさ」という父の言葉を信じようとしている彼と、どこかで否定している彼だ。
 生きているだけで幸福だと信じる彼は、自身を生んでくれた両親を無条件で愛することに決めた。その決意通りに生きてきた。彼は、家族が命を落とすような状況は、なんとしてでも避けなければならないと考えている。
 だが一方で、「生きていること」以上の幸福を欲する思いも、もちろんある。そして、その感情を黒崎に自覚させたのが、吉川アユミだ。


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Chips - no.23「みんな」

「彼女」と「彼」と、そして「みんな」。
 この物語における主人公たち。

「彼女」は唐突に巻き込まれた「トレインマン事件」により、悲劇的な死を遂げることが決まっていた。
 そして「彼女」の悲劇は、同時に「彼」の悲劇でもあった。
 けれど――

 その悲劇は「みんな」が一緒に起こした、とんでもない奇跡により、粉々に打ち砕かれた。

 今、「彼女」と「彼」の前には、強い光が射す未来が広がっている。


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Scene32 13:00〜 2/2-A

 黒い拳銃。
 最初、コンビニで少女が呟いたとおり、ベレッタというのがその銃の名前だ。
 少女を見つけると同時に、オレは迷わずベレッタを引き抜いていた。
 気配に勘づいたのか、少女が顔をこちらに向ける。
 その表情が、固まる。
 まるで紐の絡まった操り人形のように、無理やりに後ろを振り返り、やってきた道を駆け戻ろうとする。
 しかし、足をもつれさせ、倒れる。
 ――怖いのか?
 そりゃそうだ。オレはトレインマンだ。拳銃だって持っている。
 少女は手をついて起き上がろうとするが、その動作すら、ままならない。
 ――恐ろしいのか? このオレが、そんなにも。
 近づき、見下ろすと、少女の背中にオレの影が圧しかかっていた。キャップ帽をかぶった長身の男。トレインマン。確かに、化物じみている。
 彼女は既に抵抗をやめていた。絶望で身体が動かないのか。
 それなら、それでいい。
 オレだって、逃げ惑う少女に何発も、冷たい銃弾を撃ちこみたくはない。
 銃口を、その小さな頭に向ける。
 その時だった。
 
 なにかが、輝いた。

 前方だ。少女が顔を上げて見つめる、その先。
 ひょろりとした木の、下から2本目の太い枝――幹から15センチほどで切られた、ただ突起のような枝に、輝くものが引っかかっている。
 ――あれは。
 ペンダントだった。2つで1つ、ハートの形のペンダント。
 吉川と約束を交わし、交換したペンダントだ。
 なぜ、ここに? 目を見開く。
 固まったままの少女に視線を戻す。首元を見る。チェーンはない――以前は、そんな単純な理由で安心したけれど、でも。
 何年も前に渡したペンダントを、首にかけているとは限らないだろう、当然だ。失くしたのかもしれない。オレだって、東京で仕事をしているうちに失くしたのだ。必死に探したけれど、どうしても見つからなかった。吉川だって、同じかもしれない。
 吉川、なのか?
 そう思って少女を、それからあの木を、もう一度、見つめた。
 既にペンダントは消えていた。

 後に残ったのは、ただ短く切られた、無残な枝だけだ。
 幻覚。
 まただ。
 結局、オレの思い込みだったのだろう。過去への執着が見せる、ただの夢だ。
 もう、うんざりだった。
 ここにはペンダントなんてないし、腹を空かせたモップもいない。オレは吉川にとっての黒崎には戻れず、そして、この少女は吉川ではない。
 引き金の指に力を込める。
「すまない」
 きっと目の前の少女ではなく、大切な彼女に、オレは謝った。
 

 Bad end - no.4「心ない結末」


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