Scene29 12:40〜

マンションの駐車場へ戻ると、ベレットのワイパーに何か挟まっていた。 メモ? 広げてみると、意外に大きい。 幼い子が使うノートの1ページを破り取ったもののようだ。 汚い字で羅列された――なんだ、これは。ゲームの技名か? きっと子供の悪戯だ。 普段な…

Scene28 12:15〜 5/5

――生きてるってことは、それだけで奇跡的に幸福なのさ。 そう言っていた父は、オレが人殺しと知れば、どう思うだろう? だが、あの少女が長く生きれば生きるほど、父に危険が及ぶのだ。 組織が彼女に気づいた以上、救う道などないじゃないか。 オレの手で殺…

Scene28 12:15〜 4/5

メールの文面は続く。 貴方の住居スペースから、毛髪と指紋を検出。 共に2人分で、女性のものです。 一方は当社との契約者のデータと一致。もう一方は当社が保有するデータには該当いたしませんでした。 スマートフォンを握る手に、力が入る。 組織はいつも…

Scene28 12:15〜 3/5

エレベーターを降りながら、女性警官の話を反芻する。 もちろん組織を憎く思っていないはずがなかった。しかし、だからといって組織に刃向えるはずもない。 ――父を守る。 そのための最適解を考えれば、自ずと答えは出る。 マンションを出たところで、ポケッ…

Scene28 12:15〜 2/5

「おかしいと思っていたのよ」 彼女の話は続く。 「普通に考えて、『まったく殺さないトレインマン』なんて成立するはずがない。それ自体が組織への反抗と解釈されてもおかしくないもの。なのに、貴方は特別に許されていた。組織の弱みでも握っているのかと…

Scene28 12:15〜 1/5

あの、女性警官のマンションだ。 清潔で簡潔な部屋の真ん中で、彼女は木製の椅子に腰かけていた。 「黒崎正吾」 と彼女は言った。 「きっと、貴方の血縁者。お父さんかしら?」 なぜ、この女性警官がそんなことを言うのか。決まっている。 やはりこの女は、…

Scene26 11:30〜 2/2

トレインマンの特徴は2つだ。 犯行現場に切符を残すこと。 そして、それらの切符には必ず同じ指紋が付着していること。 指紋こそがトレインマンの本体だともいえる。 だから複数のトレインマンが、模倣犯の可能性も疑われず、まるで一人のキャラクターのよ…

Scene26 11:30〜 1/2

ベレットのアクセルを踏み込む度に、エンジンが苦しげに咳き込む。今は頑張ってもらうしかない。 京都。 そこに、あの少女がいるかもしれない。確証はないが、可能性は高いように思う。 高速に入り、吹田のジャンクションを過ぎたところで女性警官から電話が…

Scene24 10:50〜

女性警官は、7回目のコールで出た。 「何? 珍しいわね。貴方から電話なんて」 「急にすまない。ただ、なんとなく仕事の結果が気になって」 「ああ、付録屋の件? 間にあったわよ。貴方の言うとおり。今朝の新聞を見てないの?」 「いや、買いに行く暇がな…

Scene23 10:30〜 5/5

少女の容姿は正確に情報化され、オレの脳内に収められていた。 白い肌、大きな目。そして彼女は、オレと最後に会ったとき荷物を持っていなかった。 逃げるにしても、いったん家に戻りたかったはずだ。あれでは、そんなに遠くまでは行けない。 今は、どこにい…

Scene23 10:30〜 4/5

軽い朝食を終え、改めて、あの少女を思い出す。 オレは彼女を殺すのか、と考える。 ――人を殺さないトレインマンが? そう、誰かに尋ねられた気がした。 幼い少年の声だ。 できれば殺したくなんてないさ、とオレは返す。 ――なら殺さなければいい。 もちろん、…

Scene23 10:30〜 3/5

近くのコンビニに車を止める。 店内に入ると、まだ学生と思しき少年が元気な声で迎えてくれた。 あまり悩まず、たまごサンドとブラックコーヒー、それに新聞を買う。500円玉で釣りがくる。 車に戻ってから、機械的にサンドウィッチを口に入れる。同時に、一…

Scene23 10:30〜 2/5

あの少女――岡田と言ったか。 昨晩から今朝にかけて、彼女がこのマンションに戻った様子はなかった。となれば、オレを警戒して他の場所に姿を隠したのだろうか。現実的な判断だと思う。 でも、どこに? 上手く思い当たらなかった。彼女に関する情報が少なすぎ…

Scene23 10:30〜 1/5

無言で目を覚ます。じんわりと汗をかいていた。 ベレットの運転席だ。 フロントガラス越しにマンションが見える。 曖昧な記憶を繋げてゆく。 そうだ、オレは―― ダッシュボードに置かれた銃を確認する。 ――あの少女に会わなければならない。 back← 全編 →next…

Scene22 ??:??〜

夢を見ていた。 あの公園。 モップに餌をやっている。ふいにモップが、ハムも、オレもそっちのけで遠くへ走ってゆく。顔を上げると、あいつがいる。 吉川は困ったように笑っている。 約束が叶って、オレたちは毎日、並んでこの公園を歩く。 あたたかい夢だ。…

ホームページ(3日目)

このブログは、インターネット企画「3D小説」のために用意されたものです。 当「3D小説」はグループSNEの公式twitterアカウント上で、企画責任者である「少年ロケット」が開催いたしました。 この企画は5月5日に、無事、「 Bad end 」の修正を終え…

Chips - no.15「黒崎正吾」

黒崎リョウの父親。この時点で42歳。 32歳で職を失い、それから様々な人に、様々な形で騙され続けてきた。損をする善人の典型。 金がないこともあるが、その造形から歴史を感じられるものを愛しているため、安く買った中古のベレットを自身でメンテナン…

Chips - no.9「スタンガン」

相手に電気ショックを与える非殺傷性個人携行兵器。 大久保は付録屋の仕事で手に入れたものを、護身用に持っていた。 back← .

Chips - no.8「大久保の下心」

下心は大久保の原動力だ。 彼は下心により、付録屋の仕事を放り投げ、トレインマンから(形の上では)岡田を救った。その後の展開を想像し、逃走ルートも(彼の中では)綿密に計算していた。 ちなみに大久保が付録屋になったのは、「コンビニの時給を20倍に…

Chips - no.7「ベレット」

いすゞ自動車が昭和38年から製造した小型乗用車。卵の殻をモチーフにデザインされた温かみのあるフォルムが郷愁を誘う。 back← .

Scene21 2/2

ずいぶん悩んで、オレが選んだのはペンダントだった。 白と黒、2つのペンダント。白い方はちょっと変わったハート型で、黒い方は牙のような形をしている。その2つを組み合わせると、一回り大きな、綺麗なハートになるのだ。 オレは白いハートを彼女に贈っ…

Scene21 1/2

結果的に、ゲーム機を売ってよかったことが、1つだけある。 手元にそれなりの金が残っていたことだ。 父と母が正式に離婚することは、すぐにわかった。父は東京で新しい仕事を始めるのだという。オレもそれについて行くことに、自然と決まっていた。 妙に清…

Scene20

その、翌日のことだ。 もちろん約束をしていたクラスメイトには責められた。予定をすっぽかしたのだから、仕方のないことだ。 でも、そんなことよりもオレは、窓際の吉川アユミが気になっていた。 うつむいていて、彼女の表情は見えない。 でもなぜだか、吉…

Scene19 3/3

吉川の、奇妙に勇ましい背中に向かって、叫ぶ。 「おい! どこに行くんだよ!」 彼女は小さな声で答えた。 「決まってるじゃない」 なんにも、決まってねぇよ。 この話はもう終わったんだ。モップが助かって、めでたしめでたしだ。その他に決まってることな…

Scene19 2/3

父に申し訳なかった。 あのゲーム機を、売ってしまったことだ。 あとで謝ろう。嫌われないだろうか? でも、素直に謝るほかに、何も思い浮かばない。 それからようやく、遊ぶ約束をしていた同級生のことを思い出した。約束の時間はもう過ぎている。それに、…

Scene19 1/3

動物病院に駆け込む。 自動ドアの向こうに立っていた、白い帽子のおばさんに肩をぶつけた。 「すみません」 そのおばさんに頭を下げて、カウンターに向かう。 なぜだかそこにいたのは、受付の女性ではなかった。あの獣医と、ケージに入ったモップだった。 モ…

Scene18 3/3

ゲーム機とソフトを売るのには、少し手間取った。 箱に入っていると買い取り価格が上がるということだったから、一度、アパートに戻った。母はいなくて、父はいびきをかいて寝ていた。 いざ、商品をカウンターに並べると、「ご両親のサインがなければ買い取…

Scene18 2/3

診療室を出た時に、吉川が言った。 「嘘だよね?」 こいつまで騙す必要はない。 「もちろん」 「大丈夫なの? そんな嘘、ついて」 「さあ」 「さあ、って」 「とにかく入院させて貰えなきゃ、どうしようもないだろ。嘘よりも命の方が重いさ」 早く、モップの…

Scene18 1/3

獣医は手早く、モップに点滴を打ってくれた。 なんだかそれで、モップの毛に艶が戻ったような気がした。 飼い主の聞き込みに来た時は、この獣医があまり好きではなかった。 表情は豊かなのに、言葉は常に淡々としている。子供の話を親身になって聞こうという…

Scene17 3/3

柔らかく抱きかかえられる自信がなかった。 担架がいる、とまず思った。 犬小屋から屋根をはぎ取る。簡単に元の段ボールに戻った。出入口の穴さえ気をつければ大丈夫だ。中の古いタオルを敷き直し、吉川に向ける。 「ほら、モップを」 「うん」 彼女は怯える…