Scene17 2/3

段ボール製の犬小屋の前に、女の子がしゃがみ込んでいた。 一目でわかった。吉川だ。 彼女はじっと、モップを抱きしめている。 「よう。どうしたんだ? 泣き虫」 なんとなく名前を呼ぶのが照れくさくて、オレはそう声をかける。 吉川がこちらを向いた。悲壮…

Scene17 1/3

馬鹿みたいによく晴れた日曜日、オレは初めて、同級生の家を訪れる予定だった。 鞄の中に、確かにゲーム機が入っているのを確認してアパートを出た。これだけは忘れちゃいけない。友達を作るための、重要アイテムなんだから。 約束の時間には早すぎる。モッ…

Scene16 5/5

ゲーム機を手に入れたオレを、クラスメイトは簡単に受け入れてくれた。 なにもかもが、なにもかも、上手く回っているように思えた。 目先の問題はモップの飼い主捜しだけだ。それに関しても、有効そうな方法を思いついていた。 きっとポメラニアンを買った人…

Scene16 4/5

ずいぶん、悩んだ。 神さまがどこかでオレを試していて、ここであんまり欲張り過ぎると、父が消えてしまうのではないかと思った。もっと具体的には、この父がそれほど金を持っているとは、思えなかった。 でも―― 思えばモップに出会ってから、良いことばかり…

Scene16 3/5

「悪い。父ちゃん、稼いでお前に美味いもん食わしてやろうと思ってたんだけどよ。なかなか上手くいかなくってさ」 どうだっていい。 「母ちゃんは帰り、遅いんだろ? 晩飯でも食おう。この先にさ、美味い寿司屋があったんだけど。まだやってるかな。いつも客…

Scene16 2/5

モップに出会って7日目に、良いことが2つあった。 1つ目は、犬小屋だ。 前日に作った自信作に、犬のイラストがついた便箋が貼りつけられていた。 ――すごくよくできてるね! と、その便箋には、可愛い字で書かれていた。 オレはずいぶん悩んで、短い返事を…

Scene16 1/5

それからはモップのことばかり考えていた。 まっ白なポメラニアンの飼い主について聞き込みを続けながら、段ボール箱で犬小屋を作った。作る度に不満が目につき、毎日のように作り直した。 父は以前、原型師をしていたらしい。 原型師とは玩具の元となる型を…

Scene15

モップが足元にじゃれてくる。 手の甲で涙を拭いている吉川の隣で、オレは言った。 「やっぱりさ、こいつの飼い主を探した方がいいと思うんだ」 家族というのは幸福の象徴だ。 モップだって、戻れるなら本当の家族の元に戻った方が良いに決まっている。例え…

Scene14 2/2

誕生日の思い出らしきものは、ひとつだけだ。 ある時、確か小学3年生の頃、電話で母が話しているのを聞いたのだ。来週の金曜日は、私の誕生日なのよ、と。 オレはバースディケーキを母に用意しようと思った。 もちろん金なんかない。でも、とにかくケーキ屋…

Scene14 1/2

泣いている女性は苦手だ。 繰り返しになるけれど、オレには誕生日を祝われた記憶がない。 あるいはとても幼い頃――例えば、まだ家に父親がいた頃なら、ありきたりで幸福な誕生パーティーのようなものがあったのかもしれない。でも、いくら考えても思い出せな…

Scene13 2/2

テストの一件から、吉川のことはなんとなく気になっていた。 クラスにおいて、彼女は目立たない生徒だ。 いわゆる優等生で、どの教科でも先生にあてられると、すらすらと正解を答えたが、その声は小さく、聞き取りづらいものだった。不安げなのではない。正…

Scene13 1/2

満点の答案用紙を見て、ため息をつく小学生を見たことはあるだろうか? オレは一度だけ、それを見た。 教壇で、先生が一枚ずつ答案を返却して、同級生たちがめいめいに騒いでいる時だった。 その中でオレは、まっすぐに自分の席に戻った。点数はそれなりに誇…

Scene12 2/2

ポメラニアンは首輪をしていなかった。だが、首輪の跡がくっきりと残っていた。 オレはそいつの背中に右手を乗せる。意外にごわごわとした毛。何かからこいつを守るものの手触り。 「捨てられたのか?」 少し、同情した。 「オレもさ、捨てられそうだよ」 そ…

Scene12 1/2

モップについて語ろう。 彼は白いポメラニアンだ。でもその毛並みは茶色く汚れていた。世の中の汚いところをみんな拭き取っていくように、腹の長い毛を地面にこすりつけて歩く犬だった。 モップに出会ったのは、まだオレが10歳の頃だ。 10歳。それはオレの人…

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このブログは、インターネット企画「3D小説」のために用意されたものです。 当「3D小説」はグループSNEの公式twitterアカウント上で、企画責任者である「少年ロケット」が開催いたしました。 この企画は5月5日に、無事、「 Bad end 」の修正を終え…

Scene11 02:20〜 2/2

PCが起動している。 なぜ? 画面の前で立ち尽くす。 あの少女がパスワードを入力したというのか? あり得ない。 だが、他に誰がいる。 あの、女性警官か? わざわざ戻ってきたのか? ――ひょっとすると、組織がとてつもなく無能で、トレインマンのPCすべ…

Scene11 02:20〜 1/2

バーで久しぶりに酒を飲んだ。少量をゆっくりと。だが頬は、ほのかに熱い。 ――あの少女は、もう部屋を抜け出しただろうか? 2時間弱、経っている。今頃は警察か。 彼女の話を聞いて、警察が動き始めるのはいつだろう。あまり余裕があるとも思えない。 部屋…

Scene9 00:35〜

さて、あの少女をどうするか。考えながら、リビングでデスクトップPCを起動する。仕事のために組織から与えられたもので、トレインマン以外は使えない。ロックがかかっており、パスワードが必要なのだ。 これの入力を失敗すると、色々とややこしいことにな…

Scene8 00:15〜

長く移動した後、少女を担ぎ込んだのはマンションの一室だった。 3LDK。組織がトレインマンの仕事のために用意した場所だ。一見すると特徴のない部屋だが、壁は音と電波を遮断する素材で覆われている。 洋室の一つ。家具すらないそこには、外から鍵が掛…

Scene7 00:00〜

車体を窮屈そうに揺らしながら、夜の小道をベレットが進む。 「危なかったわね」 と女性警官が言った。 「何が?」 「時間よ。リミットいっぱい」 一面差し替えのタイムリミットは、午前2時頃らしい。 もちろん午前2時の時点で、記者が一通り情報を揃えて…

Scene6 23:45〜 2/2

エンジンを切り、車から降りる。 あの少女と付録屋を挟んで、向こうに銃を構えた女性警官が立っている。もう、2人に逃げ場はない。 「あーあ」 妙に、気の抜けた声が聞こえた。 「ゲームオーバーか。上手くいきそうだったのにな」 付録屋だ。彼は、ズボンの…

Scene6 23:45〜 1/2

交番前に着いた。オレは近くの薄暗い小道に身を隠す。車はすぐ後ろに止めてある。 女性警官には、周囲を巡回してもらっている。 しばらく待っていると、反対側の脇道から、2人組がちらりと顔を出すのが見えた。あの少女と付録屋だ。 しかし、彼女らはすぐに…

Scene5 23:30〜 3/3

『緊急事態ですよ。トレインマンが出たんです』 付録屋がスマートフォンの向こうで叫んでいる。わけが分からなかった。そりゃあ出るだろ、電話がかかってきたんだから。 「おい、聞こえてなかったのか? オレは今、お前がどこにいるかと訊いたんだ。彼女はど…

Scene5 23:30〜 2/3

「仕事のために銃が必要なのよ。あ、仕事って、もちろんトレインマンの方ね」 一緒にベレットまで歩き、助手席に着いた直後、女性警官は告げた。トレインマンについて話すなら極力、人に聞かれない場所を選ぶべきだ。 「付録屋から買う予定だったんだけど、…

Scene5 23:30〜 1/3

裏路地から大通りに出たところで、見失った。付録屋も、彼女も。 くそ、と内心で毒づく。 この街は入り組んでいる。カーブと坂道で構成され、真っ直ぐ平坦な道はほとんどない。しかも夜の大通りには、酒臭い大学生やサラリーマンの群れが溢れかえり、捜索は…

Scene4 23:20〜 3/3

コンビニの制服を顔から剥ぎ取ったとき、既に彼女は走り出していた。 手を引いているのは……付録屋? なぜ、あいつが? わけがわからないまま、後を追う。 back← 共通 →next .

Scene4 23:20〜 2/3

「君も知っての通り、トレインマンは凶悪な犯罪者だ」 マニュアルに沿って簡潔な自己紹介をしながら、ベレッタの安全装置を外す。撃つ気はないが、外した、と相手に分からせるのが重要だ。 「たまには、良いことだってする。でもそれはスパイスみたいなもの…

Scene4 23:20〜 1/3

角に車を止めた。真上の街灯が、数秒に一度、チリッと音をたてて消える。 運転席から出て、車体に背中を預ける。コートのポケットに手を突っ込み、彼女が来るまでの間、大人しく待つことにする。 人通りが少ない裏路地で、音はない。視線を地面に落とすと、…

Scene3 23:10〜 2/2

何をするでもなく、ファミリーレストランの駐車場に待機していると、やがて付録屋からメールが来た。 可能性はあるな、と思っていたのだが、とはいえ実際にこうなると気が滅入る。 メールを開く。 『女がベレッタのことを知っていた』 顔をしかめた。よくな…

Scene3 23:10〜 1/2

ファミリーレストランの看板が目に入った。 その駐車場に車を停め、助手席の段ボールを手に取る。 例のベレッタは、確かにそこに収まっている。黒々とした銃身が、有無を言わさぬ威圧感を放つ。 こんなものを向けられれば誰だって怖ろしいだろう。オレだって…